間取りと設計
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中廊下をなくす その5. 夫婦の寝室は別スペースも

間取りを考える1

中廊下をなくす その5 夫婦の寝室は別スペースも
 

夫婦は同室で当り前、布団であれば和室、ベッドあれば洋室、あとはご自由にと、比較的安易にかたづけられていることも多いようです。
最近では夫婦別床とか夫婦別室も珍しくはなくなりましたが、あらためて夫婦の寝室のあり方を考えてみましょう。

 

ベッドを2つ並べる必然性は?

夫婦の寝室のあり方ももっと自由でいいのではないか、との提案です。
私たちはどうしても世の中の慣習や常識に、考えもなく囚われてしまうことが多くあります。
家づくりにおけるLDK間取りもそうですし、夫婦は同室もその典型です。
いろいろな個性の男と女の結びつきが夫婦です。それぞれの個性に合った様々な夫婦のスペースがあってもいいのではないでしょうか。
何もベッドを2つ並べなくても夫婦生活は成立するはずです。もちろん、並べる自由もあります。
ここでは、どちらがいいとか悪いとかということではなく、様々なあり方があっていいのではという提案です。

 

成長しつづけるパートナーに

夫婦であること、その目的は?
若気の至りで結びついてしまったと後悔している方も多そうですね。
人間は集団で生きる存在です。夫婦はその中の最小単位しかも最も緊密な関係と言えます。
人間の生きる目的は、成長し続けやがて魂の存在に目覚めることと言えます。
そのためにさまざまな経験が必要となり、いやでも集団で生きることが課せられています。
人間は1人では生きられない、でも、人といればもめごとの連続といった矛盾した存在です。
しかしよく考えれば、その矛盾の中だからこそ学べることに気づきます。
いろいろな紆余曲折を経て、死の直前までお互いの成長を励ましあえるような夫婦関係でありたいものです。
運命の出会いじゃなければできないよ、との声が聞こえてきます。
でも出会った時は、みんな運命の出会いと感じていたのではないでしょうか。

 

ヤマアラシのジレンマ

人間関係の極意を表した言葉に、「つかずはなれず」があります。心理学で有名になった寓話「ヤマアラシのジレンマ」と同じです。
二匹のヤマアラシがいました。二人(二匹)は愛し合い、求め合う存在でした。
しかしご存知のようにヤマアラシは体中トゲだらけです。求め合い、抱き合うとお互いのトゲで痛くてたまりません。やむなく離れると、今度はさびしくてたまりません。
そして抱き合う、痛い、離れる、さびしい、抱き合う、痛い、離れると何度も同じジレンマを繰り返すうちに、やがて程よい距離を見つけます。
その距離が、「つかずはなれず」です。
相手を傷つけない、自分も痛くない同時にさびしくもない距離です。
夫婦関係だけでなく、どんな人間関係にも当てはまる寓話だと思いませんか。

 

別スペースといっても個室ではない

夫婦別室が完全に独立した個室では、さびしくてたまらないかもしれません。
さりとていつも横に並んで就寝していては、今度はお互いのトゲで痛いことが多いかもしれません。
まさしく、ヤマアラシのジレンマです。そこでの解決が「つかずはなれず」の距離です。
その距離感を生かした夫婦のスペースは、意外と素晴らしいものなのではとの提案です。
引戸や家具で簡単に区分する、アルコーブ的空間でちょっとした目隠しにする、仮に別室にしても引戸などを開いておけば見えるなど、いつも提案している個にも広がりにもなる空間づくりを夫婦のスペースに応用するのです。
最近は夫婦それぞれにパソコンも珍しくなくなってきました。ちょっとした書斎コーナーを2つ、夫婦のスペースに設ける例も少なくありません。
これまでの常識さえ捨てされば、夫婦のスペースのつくり方は、多種多様な工夫が残されているのではないでしょうか。

 

現実にはマイナーではない?

欧米では、夫婦別室イコール離婚との図式が成立しそうですが、日本はより寛容です。
実際は隠れ夫婦別室は案外と多いのではないでしょうか。
少ない事例ですが私たちの経験からは、2~3割の夫婦は何らかの形の別室となっている様子です。
そうであれば、夫唱婦随のつくられた美談から、現実であるヤマアラシのジレンマをしっかりと見つめ、夫婦のスペースにおいても自分たちに適した間取りの可能性をしっかりと追求したいものです。
「今日から寝室別々にしてみませんか?」
思いきって提案してみたらどうでしょう。
そこから新しい夫婦のかたち、新しい暮らしのかたちが見えてくるかも知れません。

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