会社の歩み
1977

1977

流れる空気にふれさせる
エアサイクル

PAC住宅の原点・エアサイクル住宅開発の基本思想が「流れる空気にふれさせる」です。

1977年、時は省エネルギー・省資源の真っ盛り。ちょうどグラスウール断熱材が北海道から本州へと普及活動を広げていた矢先のこと、 地盤面からの湿気対策をほどこさないままの断熱施工(当時はソイルカバーをしていなかった)、そして断熱施工そのものの不完全さ等から、 見えない結露・内部結露(壁の中などに発生する)の問題が台頭し始めた時でした。

壁内に断熱材を施工することは、土台や柱などの木材にとっては呼吸を止めて良くないとの視点から、断熱材は柱の外側に張って、内壁空洞に空気を流して、 木材を流れる空気にふれさせようと開発をすすめていたのがエアサイクル住宅でした。

今で言う「外張り断熱住宅」の第一号ということになります。

当時は、外張り断熱もしくは外断熱という言葉もありませんでした。今では外張り断熱も、かなり知られ施工されるようになってきましたが、残念ながら、「 内壁空洞」はネダレス工法という安直な合理化工法により、床に張る合板で塞がれてしまい、空気の流れは確保されていないものが大半を占めています。これでは、 何のための外張り断熱なのか、疑問を感じざるを得ません。

当時のエアサイクル住宅は、単なる外張り断熱ということではなく、「内壁空洞の空気の流れを確保する」と同時に、断熱材の外側に「通気層」を設けていました。

「通気工法」のさきがけです。

エアサイクル住宅は、大きな話題 (2年間で新聞紙上などに1000回程度とりあげられる) を生むと同時に、当時主流であったグラスウール関係者にとっては、 いやな存在でもあったと思います。

エアサイクル住宅の夏は、床下と小屋換気口を開放して内壁空洞などの「躯体内空間 」( 床下空間と小屋空間などを内壁空洞でつなげ空気 を自在に流れるようにした空間 ) に外気を流し、夜間の外冷気を基礎のコンクリート部分などへ蓄熱し、翌日の昼間の温度上昇をおさえるパッシブクーリングシステム としての機能を持たせました。

冬は、空気循環(エアサイクル)、まさに躯体内空間にくまなく空気が回ります。

英語で空気循環はエアサーキュレーションなのですが、エアサーキュレーション住宅では言いにくいと、開発者の田中慶明が「エアサイクル住宅」と命名しました。

躯体内空間には、住宅の骨格部分、土台や柱・梁などの構造材の木材すべてがおさめられています。この躯体内空間に常時、空気が流れることで、木材の呼吸を 確保し構造木材の寿命をながらえることができます。

エアサイクル住宅は長寿命、そして冬暖かく夏涼しい、省資源・省エネルギーを実現しました。

しかしながら当時は、エアサイクル住宅外側の厚さ24㎜の通気層に、本当に、空気が流れるのか、住宅業界を翻弄している等と、冷やかに言われた時代でもありました。

この年に、日本省エネルギー住宅協会を設立、数々の実験成果をもとに、省エネルギー住宅として、エアサイクル住宅を普及する本格的活動に入りました。地元工務店を 組織したグループ化・FC制度の始まりです。この組織のあり方自体も画期的なことでした。

1979

断熱の矛盾を解決

断熱材を柱の外側に施工する工法(外張り断熱・外張り断熱)は、当時他にはなく、断熱の主流はグラスウールを部屋の周り、壁の中・天井・床へと施工する方法(今で言う充填断熱)でした。こうすることで、室内の暖房熱を逃がさず冬暖かい、省エネルギー住宅が実現できるというものでした。

内部結露の問題とともに、断熱という考え方そのものが自然のエネルギーを有効活用しようとする考え方とは相反する部分がある、それを「断熱の矛盾・断熱のジレンマ」という言葉で盛んに訴えました。

冬の昼間は太陽熱を建物に取り込みたい、でも夜は室内の熱を外へ逃がしたくない。夏はその反対で、昼間は外の日射を遮断したい、でも夜は外冷気を建物に取り込みたいという、夏と冬・昼と夜の、単に断熱するだけでは解決できない問題点・矛盾点を指摘してきました。

PAC住宅は、この断熱の矛盾を解決して自然のエネルギーを使うために、夏の空気の流れ、冬の空気の流れを、床下と小屋換気口の開閉により切り替え、また集熱通気層も上昇気流のみ流れるよう、通気層下部に空気の逆止弁(エアダンパー・ルーフダンパー)を設置しました。

そのことにより、冬の昼間、通気層は太陽熱を集める機能、そして夜間は、集熱通気層に冷たい空気が下降しようとする動きをエアダンパーで止めて、集熱層を断熱空気層として機能するようにしたのです。

1980

衣替えのできる家
パッシブソーラーPAC

欧米のパッシブソーラーハウスが、日本に紹介されていました。パッシブソーラーハウスとは機械設備を使わずに自然のエネルギーを設計や建物の建て方などの工夫で活用しようというものです。例えば、トロンブウォールは、南面のガラス面の内側に黒く塗ったコンクリートの蓄熱体を設け、昼間は太陽熱でコンクリートを暖め、夜はそのコンクリートに蓄熱された熱で暖を得るというものです。
ウォーターポンドは、屋根の上にプールをつくって、その水を、冬、昼の太陽熱で暖め、夜は断熱ふたをして天井面から暖を得る、夏は夜間の放射冷却を利用して冷やし、昼、天井面から涼を得るというものなどでした。
いずれにしても日本の住まいで、南の窓面にコンクリートの蓄熱体を設けるとか、ましてや屋根にプールをつくるというのは考えられないことでした。

私たちはエアサイクル住宅をより進化させ、日本におけるパッシブソーラーハウスを確立しようと研究開発に取り組み1979年にはPAC(パッシブエアサイクル)住宅を完成し、1980年にパッシブソーラー研究会をつくり、全国のPAC住宅の入居者の家を2年間にわたって実測しました。 
これを機に、日本で初めてのパッシブソーラーハウス・PAC住宅を会員工務店制度で全国へ普及していくことになります。後のパッシブソーラー認定へとつながっていきます。

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