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シックハウスの経験から「安全第一」を求めて

兵庫県Aさん 2002年建築

私の場合、多少の自然志向はあったものの家づくりはごくありふれたスタートでした。部屋には立派なカタログがたまり、住宅雑誌の間取りや豪華なキッチンに見とれていました。
ところが、ある日を境に、家づくりに対し、より厳しい目を持たざるを得なくなりました。五歳の長男が、幼稚園のリホームが原因で、化学物質に過敏に反応するようになったのです。シックハウスと言われているものです。リホームはPタイルを張り替え、ワックスを塗った工事でしたが、室内の空気は汚染され刺激は強く、長男はあっという間に体調を崩しました。
下痢、腹痛、鼻血、咳、発熱、嘔吐、目の充血、手足が冷たい、フラフラする、イライラする、起き上がれない。結局その部屋に入れなくなったばかりか、香料やタバコ、合成洗剤、マジックペン、プールの塩素など日用品にまで反応するようになりました。微量の揮発性有機化合物(VOC)でも明らかに体調が悪化するようになったのです。
実は、この子が生まれてすぐの平成七年一月、未曾有の被害を出した阪神淡路大震災を経験しました。土木エンジニアの主人は、「木造の家だから仕方ない。鉄骨だったら、壊れなかったのに」と、更地になった場所を見て言いました。これからは鉄骨系のプレハブにするしかないと、震災後誰しも感じたはずです。
そうした中、せっかく手に入れたマイホームが、体を蝕む凶器にもなり得る事を知り、家づくりの方向性がはっきりと見えてきました。「安全第一」」「健康第一」です。しかし、住宅展示場や見学会の家を見ても身体に良くないとされている材料しか使われていません。冬はそこそこ暖かいけれど夏は猛烈に暑く、風を感じられない、息苦しい家ばかりでした。
そこで自然素材、国産材、天然塗料、手づくり、身体に優しい家と、思いつくままのキーワードを元に資料を取り寄せて調べました。その中に「健康住宅PACの家」があったのです。待ち望んでいたものにようやくたどり着いた思いがし、共感で一杯でした。
しかし、私の思いが、大地震を経験している主人や親族にそう簡単に受け入れられるほど甘くはありませんでした。が、そこはとことん話し合いました。木造でも、建て方次第で地震にも火事にも強いことをPACのネットサイトで勉強し伝えました。また電話やメール交換でのていねいな姿勢に、PAC住宅の家づくりに対する愛情と誇りを感じ、決めたのです。
その後、幸運なことに、今回お願いした親方とご縁がありました。長男でも大丈夫な材料選びは特に慎重に進める必要がありましたが、こちらの希望をいち早く察し柔軟に対応してもらえました。見積りから引渡しまでの約一年間、楽しく家づくりに参加できたのが、私たちにとっては一番の思い出です。主人も、文句のつけようのない基礎工事や、頼もしい檜の骨組みに、これなら大丈夫と感じたようです。質感の高い漆喰仕上げは心地よく、シンプルな外見ですがドアを開けるとそこはまさに癒しの空間です。悩みの種であった結露ともサヨナラしました。
入居して約半年ですが、おかげで、長男も日常生活に支障がないくらいに回復し、心身ともに安定しています。結局、床も外部も建具も塗料を塗りませんでした。早くもあちこち傷がついていますが、本当に本当の無垢の杉・檜と漆喰に囲まれての生活に満足の一言です。また、引き戸は評判に違わず使い勝手が良く、風が渡る気配を感じます。元栓付けの一軒丸ごと浄水器のおかげで、心配せずに水道水も使えます。
私たちが住まいに求めた「安全第一」「健康第一」をPACの家は、多方面からクリアしてくれました。こうして思い起こすと、長男の発症はそれまでの生活・考え方を根本から見直すいい機会になりました。ハウスメーカーやフランチャイズの家を建てていたら、一生後悔したでしょう。自然を生かすパッシブなPACの家を選んで間違いなかったと心から感謝しています。
〜その後のご様子をお伺いしました(2008.10)〜
お子さまは現在中学2年生。校舎のワックス掛けや塗装作業などが行われる際は、事前に学校から連絡をもらうなど学校との連携体制もとれており、元気に学校生活を送られているそうです。部活も屋外練習の多いテニス部に入られ練習に励んでいるそうです。夏休みの自由研究でシックハウスについてを調べたりと、ご本人自身がシックハウスのことを客観的に捉える機会もあったようです。

書籍より「やっと出会えた本物の家」2003年発行より

左官職人の腕が発揮された天井の漆喰パターン。

外観。

機関誌「左官の仕上げを見直す」取材時。この時は漆喰の質感、体感、素材やコストについてお話していただきました。


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