尾山台に住む

尾山台の家に住んで10ヶ月

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新しい住まいに移って10ヶ月。新居は仮住まいからは1、2分の場所、毎日建築中を眺めていたこともあって、ずっと以前から暮らしていたような、妙な愛着感があった。
初めてこの土地を案内されたとき、隣は大きなお屋敷で、今の建築地は庭のほんの一部だった。お屋敷の周りには大きな木が鬱そうとしていて、遠くから見ると森のようだった。

結局お屋敷は取り壊され、1区画の土地は5分割された。こうして町並みが変わっていくのだと、ちょっぴり罪悪感を感じながらも、数十年後この町並みを見た人には自然の移ろいと受け止められる、そうした歴史の繰り返しなのかも知れないと思った。
実は私たちの購入を機にこの土地は分割された。後でわかったことだが、この土地はかつて開発段階で話がストップしたそうだ。

分割したときに敷地延長に当たる東南の角地が高台となっていて最も条件が良い。しかも敷地延長の方が土地の価格は安い。何と不動産屋の方は、私たちの予算と建てたい家の大きさの二つの条件を満たすぎりぎりのところでこの敷地延長の最初の区画を決めた。
開発段階で話がストップしたには意味があって、手続き上のこと、下に位置するお宅の擁壁問題などクリアしなければいけない事はいくつかあった。

しかし私たちの予算の中で最高に素晴らしい条件の土地が入手できたと大いに満足している。
購入した敷地へは建築前にも何回となく足を運んだ。大きな梅の木には実が鈴なりになっていた。白いもっこうバラもたくさんの花をつけていて、足元の至る所に名の知らぬ可愛いい花、隣家との間にも生け垣に見立てた見事な植裁が植えられていた。
何も残せなかったことはとても残念だったけれど、更地にしなければ家の建つ場所がないのだから仕方ない。おまけに敷地の真ん中には井戸がある。最初から井戸を残すことは決めていた。

今はこの地に3軒が完成、1軒が建築中、1区画が更地状態となっている。かつての緑豊かな閑静な地の面影はその姿をとどめていない。
道路から駐車スペース、そこから敷地延長部分の路地のようなところを通って玄関へといきつく。
家の周りは人が通れる程のスペースしか残っていない。この路地が我が家の庭に相当する。考えようによっては、庭の楽しみを最も有効活用している事になるかも知れない。私たちのイメージは京都の町に見られるような小粋な路地裏、そんな思いで足を運んでいると、茶屋へ向かう雰囲気にさせられるから不思議だ。

今は満開の沈丁花がこの路地いっぱいに香りを漂わせている。つばきも絶やさず花をつけている。よく見るとクリスマスローズにも花が、控えめにたくさん咲いていた。
枯れ木のように見えた木にひゅうがみずきの淡い黄色の花がひとつふたつと、みんな春を待ち受けているような姿だ。

緩い勾配の路地は何カ所か段差がつくられている。足元は溶鉱炉の炉に使われた耐火煉瓦。最初から古めかしいのがいい。
土地を買って家をつくるということは、間取りも仕様も全て決まっているマンションを購入する時とはるかに違う。
何も無いところから自分たちの生活空間を創り上げていく感激は大きい。そしてこれまで漠然と描いていた将来の生活像が、日々の暮らしという充実した日常の積み上げによってより具現化されることに気づいた。

お互いに向き合って26年、世間で言うところの複雑な男と女の関係であったから,そしてさらに本質を追求するといシビアな仕事から生じる周りとの激しい軋轢を伴に乗り越えてきた歴史が、今回の家づくりのなかで一つ昇華されたような気がする。
すでに人生の折り返し地点を越えた男と女が新鮮さを失わずに日常を楽しめる空間がここにある。
パッシブな住まい、違和感の無い住環境。人間の原点、つくって食べて寝て、そのつくる、食べる場が生活の中心となる愉しめる住まいができた。

そしてそこに大切な柴犬のピピとモモ、引越し当日家族に加わった甲斐犬のカイと、3人の娘がいる。この子達の存在が私たちの人生に常に大きな示唆を与えてくれている。
言葉で表現できない子供たちとのコミュニケーションは観察力しかない。毎日同じように見える彼女たちの行動パターンの中に、微妙な変化を見逃さない。
赤ん坊の時代から成長期を経て老いを迎える、人よりはるかに短い人生は人の一生を凝縮した形で私たちに大切なものを残してくれる。

犬と人との信頼関係、それはとりもなおさず無心の愛でしかない。何度も経験してきた愛犬の死、そして人生の長さは身内の死の経験の数と比例する。
そこで教えられてきたことは、常により優しく生きることだった。昨日のことを考えるのではなく、今の自分を冷静に見つめ、今ゆたかに過ごしている時が明日、明後日の自分をよりゆたかにしてくれることがだんだん分かる年になってきた。

たくさんの人の思いとぬくもりによって完成した尾山台の家。その中で呼吸する人と、そして我が家は犬の子供たちが、つくり手の暖かさに、さらに年毎に息吹を吹き込んで生きた家にしていくことだろう。

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