尾山台に住む

暖かさの質 その2

尾山台に住む
毎日座っている木のイス。
冬でもまったく冷たくなくとても気持ちいい。

どこでも素足

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桧の床

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磁器タイルの床

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タモの階段

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栗の床

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セラミック(土系)タイル

尾山台の家では入居後、温度と湿度を14ケ所で1時間置きに自動計測している。昔懐かしい白い百葉箱で外気も計っている。データもやがてまとめようと思っているが、ここでは温湿度計を横目にしながらの生活から感じ考えたことを綴ってみたい。
びっくりなことに昨年の9月20日過ぎから、生活空間は1月中旬の今に至るまでずっーと20℃から23℃前後と安定している。
一方、外気はと言えば、2003年の9月11日に36℃、19日に33℃を記録してから急に冷え込み9月23日には12℃まで下がっている、短期間にずいぶんと大きな気温変化である。12月にはいってからは2、3℃もめずらしくはなく、最近ではアプローチの水盤に氷が張っている日が多い。


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敷地の北側に設置された百葉箱。
中に温度と湿度が自動計測できる
「おんどとり」という計測器が置かれている。

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氷の張った水盤。

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氷の上に金属製の
香立てを置いてみた。

尾山台の家はPAC住宅、季節に応じて衣替えできるパッシブソーラーハウスである。当然、今は冬モード、それに、我家は前回ふれたように建物全体を低温輻射で暖める「かくれん房」を採用している。ちなみにこうしたPACのシステムについて詳しく知りたい方は別の説明を参照してほしい。
と言うわけで、季節はずれの冷え込みが続いたため、尾山台の家では10月10日に冬モードにし、かくれん房は11月10日にスイッチONにした。
9月20日から10月10日までの夏モード、11月10日までの無暖房の冬モード、以降かくれん房使用モードと異なった住まい方であるが、室温はこの間ほとんどある一定巾で変らない、ちょっとした驚きである。

冬暖かい家は長い間、日本人のあこがれであった。高気密高断熱住宅が普及してきた現代、新築された住まいでは、もはや冬暖かいのは当り前と思われるが、今度は、その質が問われてくるのではないだろうか。
「暖かさに質があるの?」なんて声が聞こえてくるようだが、実際はどうなのなのだろうか。
古典的には、コタツに入っていて背中はひんやり、頭の部分は暑く足元は冷たい、リビングは暖かいが廊下は寒い、壁や窓の側だとゾックとする、など大きな温度差の不快さ不健康さは誰しも体験している。
エアコンの温風が顔に当る、ファンヒーターから吹き出る熱気が身体の一部を熱くするなども暖房機の古典的欠点と言える。せっかく床暖房を設置してもリビングだけと部分的では温度差は免れない。
人工的な不自然な暖かさ、むっとした感じ、むんむんとする、蒸せるなど暖かくても何とも不快な感じも、よくご存じなはず。
最近の住宅では、つんとした金属的な暖かさが挙げられる。これは建物を構成する材料や湿気と関係してそうだ。

こう見てくると、やはり暖かさには歴然と質がある。それを追求するために、人は住宅の中でどのように暖かさや寒さを感じるのかを、まず検討してみよう。
床や壁そしてイスなどの家具に直接触れて感じる、室内の空気に触れて感じるも当然ある。そして空気の流れで感じる、同じ温度でも風があると涼しくあるいは寒く感じると言ったこと。
もう一つは輻射で感じる、これは直接触れない壁や天井、窓面その他全ての物質と人との温度差で感じる・・何言ってるかわからない?輻射は説明も難しい・・例えば氷の柱の側にいると直接触れてなくてもヒンヤリとする、そんな体験はないだろうか、それは人の皮膚の温度が氷よりも高いので熱が人の皮膚から氷の柱に奪われてヒンヤリと感じる、それが輻射という熱の伝わり方、住宅で言えば、壁や天井、床や窓が冷たいと直接触れていなくても寒く感じるということになる。
順に、伝導、対流、輻射と言うが、こうした熱の伝わり方から考えると、住まいでの暖かさが見えてくる。

暖かい家とは、手や足など身体で触れる床や壁、イスやベッド、キッチンなどの家具が冷たくない。
窓や壁面が冷えて起こる下降気流(コールドドラフト)や空間内の温度差(リビングは暖かく廊下は寒いなど)で生じる対流など室内のひやっとする空気の流れがない。
身体で直接触れない天井や壁、窓その他家の中にある物質が冷たくない。
と言った条件を満たしている家ということになる。

温度的なことだけをまとめてみれば、とても単純である。要は、室内側の壁や窓、床や天井そして中にある家具などすべての物が冷たくない、同じような温度であればいいということである。
ここで重要なことは、「冷たくない」ということ。単純に考えると体温より高いものは当然暖かく感じる。手のひらの温度は30℃前後、足の裏はもう少し低い。だから床暖房は座って暖かい触って暖かいと30℃以上の温度。でもこれは間違い。
熱は高い所から低い所に流れる。人が寒さを感じるのは、身体から熱が奪われるため。奪われ方が大きいと寒いと感じ、少ないと暖かく感じる、もし、周りの温度が体温より高ければ、体内に周りの熱が流れ暑いと感じる、この状態がずっと続けば、熱中症などの危険性がある。

どこでも暖かい家を実現するのに体温以上の温度はいらない、身体から熱が少しずつしか奪われない温度で建物内が構成されていればいい。若干の個人差はあるだろうが、床・壁・天井・窓などの開口、家具や道具などが20℃もあれば寒さは感じない、それでも家事をすれば汗をかく程である。

こうしてみると、尾山台の我家はまさしくこの状態。玄関、階段、寝室、洗面、浴室、トイレ、リビング、キッチン、納戸スペース、ロフト、地下とほとんど温度は変らない。しかも9月の後半から現在にいたるまで。
ベッドの寝具は夏物、服装も半袖を長袖にした程度、当然、素足の生活。寒さは感じず、さりとてぽかぽか暖かいというわけではない、柔らかいふわっとしたマイルドな温もりにくるまれているという感じ、とにかく、これまでの住居では味わったことのない快適さである。

こうした感覚は味わってみなければわからないものであろうが、ぬるま湯につかっていると連想された方がいたとしたら、それは間違いである。ぬるま湯は人の活動力を奪うが、この空間は人を身軽に動きやすくする。ぬるま湯は刺激を感じなくさせるが、この空間は自然で微妙な感覚の差があり、心地良い。素足で歩く喜びがある。それはどこからくるのかを次にふれたい。(つづく)

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