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プラス思考の健康住宅づくり

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水が健康を左右する

「プラス思考の健康住宅づくり」1994年発行

 環境破壊による健康被害がついに各家庭の蛇口にまで押し寄せてきた。水道水に発癌物質が含まれているという事実をいまだ認識していない人は多い。地方や郊外ではなおさらのこと。空気がきれいという神話はならって水もおいしい、だから安全という意識が根強い。
 しかしながら空中散布による農薬汚染の影響は都心部よりは郊外の方がはるかに大きい。ビニールハウスの農薬、ゴルフ場の除草剤についても同様。都心部よりは地方都市、郊外に問題が生じている。
 農薬は空気・土壌、そして直接河川や地下水を汚染する。さらには大気中に蒸発した薬剤が雨に溶け込み、広い範囲の水系汚染につながる。
 水道水から水田に使用される除草剤CPNが検出されたという事実は、実はさかのぼること今から10年以上も前のことである。水田の初期の段階で使用されるCNPは、五月から七月にかけて高い値を示している。もちろん井戸水からはさらに高い濃度のCNPが検出されている。
 CNPに限らず農薬の水系汚染問題は後を絶たない。ゴルフ場の除草剤、そして住宅に使われる防蟻処理剤と。こうした農薬は、製造・販売・使用のいづれもが禁止となっても土壌中、水系への汚染は、その後10年以上も続く。
 先のCNPに関しては、平成四年十二月一日付の水道水の新水質基準によってようやくその基準値が定められた。この新基準においてはこれまで26項目であった項目が85項目に増やされ、一部基準値も激しくなっている。しかしながら月に定期的に検査される項目はこのうち46項目であり、CNPも基準項目からは除外されている。
 この基準項目に含まれている農薬はわずか4種類。
現在登録されている農薬の有効成分が約450種ということを考えるとまだまだ新基準の甘さが浮き彫りにされる。さらには、一つひとつの基準値をクリアーしていても総量基準がないことも問題ではないだろうか。
 日本は水資源が豊かでしかも水がきれいであることが前提であったし、日本料理が繊細な味を妙とし、さばいた魚を生で食する習慣を持つのも水の美しい日本ならではのことではないだろうか。
 水道水が各家庭に普及していなかった時代には、どの家庭も井戸水だった。食事の支度の時など子どもたちが交代で井戸水を汲み上げる手伝いをしていた。
 井戸水が活躍したのは特に夏場だった。もちろん冷蔵庫などない時代のことである。飲料水や果物を大きなたらいに入れて井戸水で冷やした。汗びっしょりで遊んで帰ってくるとたらいの中に大きな西瓜が浮かんでいて、縁側でほおばった。思いおこしてみれば冷蔵庫で冷やした今の西瓜とは一味も二味も違っていた
 いつの日かわが家にも水道が引かれた。これで井戸汲みから解放されるという喜びと同時に蛇口をひねると水が出ることに感激したのを覚えている。
 現在は、水道をひねればお湯まで出る。生活がどんどん便利になっていくさま。そしてそうした便利さに馴れていく自分に少し怖さを感じる。
 井戸水から水道水に変わり、さらに環境汚染がすすむ中で水がまずくなっていった。それでも蛇口をひねればいつでもどこでも水が出る。お湯が出るという生活は捨てがたいものである。
 いつしか美味しい水を求めて、少なくとも直接口にする水は美味しい水をと、お金を出して水を買う時代がやってきた。
 水道水から発癌物質が出るというニュースはペットボトルの売れ行きに拍車をかけた。早期発見により癌も治るという事例よりは、徐々に癌細胞に冒され、ひどい苦痛をともなって死を迎えるという事例がはるかに多い癌。その癌を誘発する物質が水の中に混入されているとあれば美味しいまずいの次元ではない。水のブームもうなづける。
 本来、水で恐ろしかったのは細菌だった。そしてその細菌は浄水場で殺菌され、蛇口から出てくる水は安全な水であると誰もが疑わなかった。むしろ井戸水の方が殺菌していないので環境汚染が進む中で危険とさえ言われた。
 しかしながら水道水を安全にするはずの殺菌が、実は発癌物質のひとつトリハロメタンを生成させる、いわば必要悪であることが判明し、出口が塞がれたような思いを感じた人も多いのではないだろうか。さらに殺菌剤の塩素そのものが健康を害するということが人々を不安に陥れた。
 されば、ペットボトルでも間に合わない。そこで蛇口につける浄水器がこれまた大きなブームを呼ぶ。
 東京や関西の水はまずいと言われる。塩素殺菌によるいわゆるカルキ臭さが確かに鼻をつく。ゴミ公害同様、人口密度が高ければそれだけ汚染源となる生活排水などの絶対量も多くなる。結果として塩素の量も増えるということである。
 小さい頃水遊びした近くの多摩川が一時泡でいっぱいになっていた。夏の夜、花火大会が催されたのもこの多摩川であった。小さな小さなさざ波をたてながら人々に涼をもたらせ静かに清らかな水をたたえていた川。川を汚すことになると廃止になってしまったけれどここでは灯篭流しが行われていた。そんな思い出いっぱいの多摩川が溢れんばかりの泡で満たされていた時はさすがにショックだった。それが合成洗剤によるものだと知ったのはだいぶ先のことだった。