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プラス思考の健康住宅づくり

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健康な住まいになにを求める

「プラス思考の健康住宅づくり」1994年発行

 家づくりに関する情報は日がな、溢れている。新聞・雑誌・チラシ、テレビ・ラジオと。そして快適性、省エネ性、健康性とその時代その時代を反映した、家づくりのコンセプトがうたわれている。いつのまにかどこの住宅の広告も広告だけ見ている限りは、大差ない内容になっている。
 体勢に逆らわないというのは日本人の特性か。人よりちよっぴり優れている、でもあまりかけ離れることはしないという、妙な奥ゆかしさとでもいったらよいのか、単に独走性にかける故の物まねか。
 いづれにしても異常な程の情報量の中からわたしたちは家づくりをスタートさせることになる。
情報収集から始まって、展示場、セミナーと場は山ほどある。その中で本質を見抜かねばならない。どう選定していったらよいのだろう。
 まず、各社の住宅の違いはどこにあるのだろう。外観はそれなりに違いがあるというものの、仕上げ材などは好みでどうとでも変えられる。では家の中はどうだろう。家の中の違いも部屋の配置が違う程度であまり大差ないのではないだろうか。
 違うイメージを持つとしたら、家具や設備、インテリアなどのお化粧の部分だと思う。そうしたお化粧を全部はがしたら、そう大差なさそうだ。
 そして最も大きな違いである壁の中の構造、木なのか、鉄骨なのか、パネルなのかは残念ながらモデル住宅では見えない。
 ところで昨今の住まいは、ほとんどが健康性をうたっている。長生きしたいかどうかに個人差はあっても、健康でありたいという欲望は人間のもつ共通の根源的な思いであろう。
 だから健康に良いということは、よほど特殊な宗教か、自然の摂理に反しないものでない限り、肯定的な姿勢で望むものである。
 病に侵される、あるいは死を意識しはじめる年代になってはじめて真に健康ということに目覚めるのかも知れない。
 しかしながら、今はかなり若い人でも健康ということを意識しはじめてきている。それだけ病気とは言えないながら何となく健康でないという自覚症状を持つ人間が増えているのかも知れない。
 この何となく健康でないという状況は一体何なのだろう。生活に追われて、あるいは仕事に追われて、自分の健康など顧みる間もなかったなどという言葉がかつては良く聞かれた。病気でなければ健康という、健康と言うことを非常に単純に捉えていた時代もあった。
 今は恐らく健康の質、レベルが問われる時代になったのかも知れない。と同時に、精神面で健康であるかどうかということの重要性に目が向けられてきたのかも知れない。
 アメリカの問診では、「今、あなたは幸せですか」「生きがいをもっていますか」という質問があるそうだ。
 これは何も精神科の問診ではない。こころの病や、どういう生き方をしているかということが、病の原因を探る重要なポイントになるということではないだろうか。
 毎日を楽しく、前向きな人生を送っていれば病にならないなどということは決して言えないけれど、幸せであるか、生きがいをもっているかということは健康に生きるということにおいて最も重要なことなのではないだろうか。
 今自己の意識レベルを高めることに目覚め、あるいは気付いた人々が動き始めている。人のこころ、身体、企業も住まいも環境も健康ということから遠ざかりつつある今の社会に歯止めをかけ、より本質的な健康を志向し始めている。
 誰もが健康健康と口にしていながら、ほとんどの人は本当は何もやってきてなかったような気がする。
 というより、本質的な意味での健康ということを意識していなかったのではないだろうか。気がついたら、自分の手ではおえないほどに環境そのものが病んでしまった。自己防衛をどうしたら良いか、そうした背景が健康志向に走らせたといったら言いすぎだろうか。
 自分では食べない野菜や米を出荷する、自分では口にしない食品をつくる、売る。自分たちのつくっているものが農薬や添加物で汚染されているのを知っているから自らは食べない。そうした仕事をしている人はこころも病んでいるはずである。
 自分自身が健康なこころを持っていなければ、まわりの人のこころを健康にすることなんてできないし、まして本物の商品や本質的な家づくりなんてできるはずがない。
 健康な住まいをつくるには、家づくりにたずさわっている人々が本質的に健康を考えているかどうかではないだろうか。