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プラス思考の健康住宅づくり

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暖かいのに寒く感じる家

「プラス思考の健康住宅づくり」1994年発行

 現代の住宅は、生活している部屋は暖かいのに、何となく寒い家という印象をもってしまう。それは家の中に暖かい所と冷たい所があるからで、それによっていろいろな健康面での害が生じているということについてはすでに触れた。しかも問題は、暖房している部屋が熱くなりすぎるということにある。
 暖かいとか涼しいとかという感覚は、実は相対的なものである。仮に二十五度という、かなり暖房の効いた部屋があるとする。今まで居た部屋の温度がそれこそ三十度以上あったとしたら、二十五度の部屋でも瞬間的には寒く感じる。
 何故、暖房した部屋が熱くなりすぎてしまうのか。それは、一般の断熱住宅では、床・壁・天井と室内の回りをぐるりと断熱している。そのため暖房した部屋は暖まるけれど、家全体は暖まらないということになってしまって、実はこれが問題なのである。
 住まいの中に冷たい所があると、湿けるとか、腐るとか、何しろ問題が多いという話をしてきた。であれば、室内ばかりでなく、床下も、壁の中も、小屋裏の中も、すべて冷たい所のない家をつくらなければ健康な家とは言えないということではないだろうか。
 部屋の回りを断熱するのではなく、家の回りをすっぽりと断熱する工夫をすれば、家全体が暖められることになりはしないか。家全体を暖めるとなると、使っていない部屋まで暖めることになって省エネルギーにならないのではないかと言われそうだけれど、それが意外とそうでもない。確かに今暖房しているくらいの暖かさに家全体をしようとしたら、大変な暖房費用がかかってしまう。
 しかしここで考えて欲しいことは、冬、もし家の中全部、部屋ばかりでなく、廊下も洗面所もトイレもすべて二十五度位に設定したとしたらどうなるだろうかということである。
 恐らく気持ち悪くなってしまうはずである。もちろん人間の体感は、温度の要素だけでなく、湿度や気流、着ている洋服、寝転がっているのか、家事仕事をしているのかなどによって変わってくるけれど、どこへ行っても二十五度というのは厳しい環境だと思う。
 人間の身体は常に発熱している。適宜、外に熱が逃げなければ、身体の調整機能は失われてしまうことになる。
 だから、家全体を同じ温度にできるとしたら、そんなに高い温度は必要ないと言うことになる。ここで、家全体と言う言葉を使っているけれど、もし、室内の空気温度だけで考えるとこの理論は成り立たない。
 天井付近の温度も床の付近の温度もほぼ二十五度あったとしても、壁面・床面・天井面そして窓面といった表面温度が冷えていたら寒く感じる。
 冬、窓の傍に立つとヒヤっとする感じがある。窓面が冷えていて、身体の熱が奪われているからである。壁面も床面も天井面もそして窓面も、すべての表面温度を一定の温度にできる住まいがあったら、恐らく十五・六度でも寒い感じはしないはずである。
 ここで重要になってくるのが窓のつくり方。住まいの中でもっとも冷える所が窓だからである。床・壁・天井と断熱のしっかりと効いている現代の住宅、そうなればますます窓面の冷えがネックになってくる。窓面の工夫をしない限り、家全体を理想的に暖めることはできない。室内がいくら適温になっていても窓がガードされていないと寒く感じてしまう。
 窓は難しい。風や太陽熱を入れるためには大きくとりたい。でも冬の夜は窓から熱が逃げてしまうし、夏も西日が入ってしまう。ここは工夫のしどころ。
 大きくとる。しかも夏のことを考えて、できれば全部開くような工夫をする。そして障子や襖に断熱性能を持たせることも設計段階からならできる。いずれにしてもガラス一枚の窓というのでは健康な住まい環境はつくれそうもない。もう一つ、窓面の結露はどなたも経験のあることと思う。その時、ガラス面以上に結露しているのがアルミサッシの枠、熱伝導率が良いため結露も激しい。せめて室内側には木製を使って欲しい。難しいけれど、工夫次第でかなり性能の高められる窓に是非目を向けて欲しい。
 今の私たちは、寒ければ暖房、暑ければクーラーといった設備により、ほぼ一年中、同じような環境をつくっているような気がする。設備によってコントロールされた季節感のない暮らしという感がする。
 こうした環境の中で一緒に暮らしている犬や猫。暑い時には毛が抜け、冬にはしっかりと毛が密度を増し、暑さ、寒さへの対応を自然に行なっていた。それが一年中室温のコントロールされた環境に育っている最近の犬や猫はその機能を失い始めているという。
 自然の中にも季節感がなくなって、家の中にある花も木も、食卓の上の野菜も果物もみんなどの季節のものかわからなくなってしまった。何だか気持ちの上でも寒寒しい。