HOME >> 関連図書 >> プラス思考の健康住宅づくり

プラス思考の健康住宅づくり

関連図書トップページへ

どうして暑い家になってしまったのだろう

「プラス思考の健康住宅づくり」1994年発行

 最近の住まいが暑くなったのは、地球温暖化の影響だ、地球の温度が上がっているからだ、などと言われているが本当にそうだろうか。
 都心部が郊外より暑いというのは確かだと思う。コンクリートジャングルの都心部はヒートアイランドと言われるように、建物やコンクリートの道路が熱を蓄えてしまう、また各オフィスで使われるクーラーの排熱も相当なものである。
 冬、太陽は大いなる自然の恵みである。どんなに寒い日でも太陽にあたると寒さもやわらぐ。太陽の日差しを受ける南側の部屋などは結構暖かい。

  しかし夏はこの太陽に悩まされる訳である。家のつくり、住まい方を相当工夫しないと家は暑くなる一方である。
 夏の暑さを解消するためには、太陽をいかに室内に入れないようにするかが決め手となってくる。
 昔の住まいは家そのものが風通し良く過ごしやすかった上に、涼しく暮らす工夫がなされていた。しかもその工夫は、夏に対しても冬に対しても通じるものだった。

 庭の落葉樹は夏には葉を繁らせ、家に太陽が降り注ぐのを遮断し、冬には葉を落として太陽の温もりをもたらせてくれた。
 落葉樹に象徴されるように、日本の住まいは自然を生かし、自然と上手につきあってきた。太陽高度を考慮した軒の深さの工夫もその一つである。深い軒の出は、太陽高度の高い夏にあっては日射を遮り、太陽高度の低い冬には日差しを室内に取り込むことができた。
 庭と室内を結ぶ縁側は、人と自然との接点だった。冬はひなたぼっこの場となり、夏は庭の打ち水で涼を得る。自然を感受し、また近隣との語らいを楽しむ場でもあった。

 そして窓にはよしずを立てかけたり簾を下げて、日射を遮り、風だけを室内に取り込む工夫がなされていた。よしずや簾は最近の住まいではほとんどみかけられなくなってしまった。
 日射の強い夏の太陽を直接室内にいれてしまったら、室内はそうとう熱をもってしまう。それでなくても室内には生活熱がかなりでている。人体からも熱がでているし、あらゆる電気製品から熱が発生している。
 照明器具、冷蔵庫、炊飯器調理の際の熱もみなそうである。こうした室内の熱は、窓を開けない限り、抜けない。
しかし、現在の個室中心のLDKの間取りでは、たとえ窓を開けても風が抜けない。
 昔の住まいも確かに昼間は暑かった。夏休みなど、宿題は午前中の涼しい内にやってしまいなさい、とよく言われたものだ。昼間は暑くても午前中や夕方はそんなに暑かったという記憶がない。

 しかし良く考えてみれば、どんなに暑くてもせいぜい扇風機しかなかった訳だから、夏暑いのは当り前ということで、身体の方が適応できていたのかもしれない。
 最近はほとんどの住まいにクーラーがある。こういう設備の怖いところは、一度使うと習慣となり、もうクーラーのない生活は考えられなくなってしまうことである。

 昔はクーラーのある家庭は珍しかった。大きなオフィスビルや銀行、デパートなどにしかなかった。もちろん車も高級車にしかついていなかった。それが今では、一件で数台つけている家もある。住宅展示場へ行ったら、何と五台も取り付けてあった。
 コンクリートの建物であれば、コンクリートの壁自体に熱が蓄熱され、昼はもちろん、夜になって、外が冷えてきても家の中は暑いまま。しかし木造の建物で本当にそんなに各室にクーラーが必要なのだろうか。クーラーを使っていればもちろん窓は閉めきったまま。それでなくても室内の空気は汚染されている。健康に良い訳がない。

 クーラーを使う家庭が増えれば増えるほど、クーラーの排熱によって外気は暑くなる。しかもエアコンにはフロンが使用されている。フロンガスによるオゾン層の破壊は今深刻な問題となっている。オゾン層が破壊されると、太陽からの有害紫外線が吸収されなくなり、動植物の細胞や遺伝子が破壊される。そして皮膚癌や白内障が急増してくる。すでに南米などでは一日に直射日光にあたって大丈夫な時間( バーンタイム)を設けているほどである。

 クーラーをガンガン効かせながらアツアツの食を楽しむ、冷えすぎるからと膝掛けをし、セーターをはおる。本当にこれでいいのだろうか。クーラーの中で生活することが当り前に育った子供は、だんだん自然の環境に適応する生き方ができなくなってしまうのではないだろうか。
 結局、私たちができるだけ設備に頼らない、健康な住まいをつくっていくことは、地球にとっても優しい環境をつくることになりはしないか。