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プラス思考の健康住宅づくり

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不健康になってしまった現代の住まい

「プラス思考の健康住宅づくり」1994年発行

 日本の住まいは大きく変わった。一つの伝統、風習、生活習慣といった枠組みにとらわれていれば新しいモノは生まれない。しかしながら、長い歴史のなかで育まれた伝統を踏まえずに生れたものが本物であることもまた珍しい。日本の住まいはどう変わったのだろう。
 昔の住まいは何しろ寒かった。家の中のどこもが寒かった。暖房しても部屋が暖まらず炬燵にもぐりこんで生活していた。
 どのくらい寒かったか。板張りの床など、素足では歩けないほど冷たくて、家の中で靴下や足袋は必需品だった。トイレに立つには覚悟が必要だった。お風呂上がりには湯冷めしないようパジャマの上にセーターをはおっていた。押入から出した布団は冷たくて、体温で暖まってからでないと眠りにつけなかった記憶が子供ごころにある。朝方布団から出ている頭が冷たくて目が覚めた。
 ガラス一枚の窓、木製の窓枠からは隙間風が入ってきて、室内とはいえ外気とほぼ同じくらい冷え込んでいたけれど、でも、それがあたりまえだと思っていた。
 恐らく、昭和四十年、五十年代にはいってもそうした住まいは結構あったのではないだろうか。今の住まいは暖房をすればすぐに部屋全体が暖まる。もちろん隙間風などが入ってくることもない。それなのに何故不健康なのだろう。
 確かに暖房している部屋は暖かい。しかしながら暖房してない部屋や玄関ホール、廊下、洗面所などは外気プラスせいぜい四度か五度位しかない。暖房している部屋が二十七・八度あったら、何と家の中で二十度以上もの温度差が生じていることになる。
 冬、家の中に暖かい所と冷たい所が同居している住まい、実はこうした温度差のある住まいが脳卒中や心筋梗塞の引き金をつくってしまう。
 例えば、暖かい寝室から、何気なくトイレに立つ。冷たい廊下に出た瞬間の急激な温度差が血圧を上げる。家の中が寒い、という認識をもって生活していた昔の住まいではおきなかったことではないだろうか。
 昔の住まいは冬ばかりでなく、夏でも明け方になると肌寒くて目が覚めるというようなことがあった。
 今の住まいではちよっと考えられないことかも知れないが、昔の住まいが暖房しても部屋が暖まらないように室内は夏も冬も外気とあまり変わらない状況にあった。昼間どんなに暑くても、夕方になって涼しくなってくると、家の中も同じように涼しくなった。家のつくりが開放的で、室内ばかりか家全体が風通しが良かったことに他ならない。
 今の住まいは暖房すればその熱が外へ逃げないよう、外から隙間風が入らないようにと、断熱性、気密性が良くなっている。そのため、窓から入ってきた太陽熱や生活していて発生する熱が外へ逃げず、夏暑い住まいとなってしまった。
 夏暑い家、熱気が外へ逃げない家は、実は湿気にも弱い。昔の住まいが冬の寒さに優先して夏涼しい住まいをつくってきたのは、高温多湿の日本の気候風土にあって、住まいにおいては湿気への配慮が不可欠だったからである。風通しの良い家をつくることを住まいづくりの基本においていた昔でさえ、湿気の多い家には結核が流行るということが言われていた。
 ましてや風通しの悪い、湿気のこもる現代の住まい。日本人の三人に一人あるいは二人に一人がアレルギー疾患となっても不思議はない。
 何故なら、アレルギー疾患の大きな原因の一つに、湿気から発生するカビ、そのカビを栄養源とするダニがあげられている。住まいの気密化が問題だと指摘される所以である。
 住まいの気密ということで忘れてならないのが間取りの個室化である。一つ一つの部屋は個室で中廊下によって結ばれている。部屋の出入り口はドア。昔の住まいは部屋と部屋は障子や襖で仕切られていて、いつでも繋げることができた。
 今の住まいは窓を開けても、中廊下で家の中が分断されているため風が抜けない。通常閉めてあるドアの個室では、室内の風通しもほとんど望めない。
 中廊下は風通しを悪くするばかりでなく、南面の窓から入った太陽熱も遮断し、家の奥までは差し込むことができない。
 そしてこうした個室中心の住まいは、家族のふれあいを希薄にしてしまうという大きな問題をも抱え込むことになる。
 住まいと健康との関わり、もちろん健康ということを考えた時、住まいはその一要因でしかないかも知れない。しかしながら、住まいの中には衣もあり食もある。
 そして何よりも、この世に生を受けた魂が、生きるとは何たるかを、いやがおうでも最初に体験する場が家庭であるのだから。